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沖縄知事選  辺野古移設反対の玉城圧勝の背景

 沖縄知事選で最多の得票を得た玉城デニーの圧勝がなぜ可能だったのか。
 辺野古移設に頑として反対し急逝した翁長雄志の「弔い合戦」に異常なほど反応した安倍首相と菅官房長官の恐怖感・危機感が「何が何でも勝たねば」と酷悪な手段も厭わない最大級の物量作戦を取らせた。
 が、この作戦を佐喜真選対が丸呑みしてしまった。
 弔い合戦の意識を県民に改めて思い知らせたのが、他ならぬ安倍政権・公明党も含めた与党である。これが沖縄のアイデンティティーに火を点けてしまった。
 辺野古埋め立て問題は玉城知事の誕生で新たな段階を迎えざるをえない。
 政権は埋め立てを「唯一の選択肢」との立場を続けるという。「私の体の半分はアメリカだ」と言う混血の玉城の言に米国政府は普天間問題への考えを再認識するはずだ。これまで「日本国内問題」と沖縄県の陳情を退けてきたが、辺野古移設反対の知事が2代続けて登場した衝撃は無視できない。
 米大統領のトランプは安倍に「どうなっているんだ、オイ晋三(シンゾウ)」と見下ろすだろう。言われたア安倍は当然「辺野古移設に変更はない」と答えるだろう。
 だが現実に埋め立て作業が再開できるかどうかはさらに不透明になった。
 もし政権が既定どおり作業を再開したら県民の抵抗は倍加するだろう。日米関係に加えて日ロ、日中関係は極めて流動的になりつつある現状はアベ外交の限界、不確実性を浮き彫りにした。
 玉城知事の発足で普天間問題が新たな難問として飛び込んできた。「結果を出す政治」を高言してきたアベ政治は内外に効果的な「結果」を示せないで〝長期政権〟を〝謳歌〟している。
第4次安倍改造内閣は発足したが、首相が言った「しっかりした土台」は主要閣僚の留任である。「当然、圧勝する」はずだった自民党総裁選は地方の反乱と国会議員でも「安倍離れ」を明確にした。
重ねて言うが、沖縄知事選の惨敗を受けた安倍改造内閣は安倍1強の長期政権とは裏腹な航海を始めることになる。

「民意の尊重はどこへ」 ~ 強硬一点張りでは何も解決しない (下)

歴史の教訓

 1995年9月に起きた米海兵隊員による少女暴行事件は、基地に対する県民の怒りのマグマを爆発させ島ぐるみの抗議行動となって普天間飛行場返還の日米合意を引き出した。今度の知事選、衆院選で明確となった辺野古移設反対の民意は、20年前の県民の〝怒り〟を思い起こさせる。
 橋本政権と大田昌秀知事が対立した当時は、沖縄問題に通じた閣僚や有力議員、経済界首脳らが水面下で調整に動いた。調整は実らなかったが、その努力はあった。だが、現政権下ではそんな動きはほとんどない。
 東京・永田町の政治地図は自民党の「1強他弱」、そして衆院選後は「安倍1強」の色彩を濃くした。どこを見渡してもリベラル派の姿は見えない。かつての有力なリベラル議員は政界を退き、その後輩たちは物を言わないだけでなく、自ら政権の「四天王」を気取ってはいないか。
 衆院選で政権基盤を固めた安倍政権は、プロ・サッカーに例えるなら、内に「アベノミクス」と外への「積極的平和主義」の2トップだろう。「安倍ジャパン」は、向かうところ敵なしの勢いだ。

見習うべき2人の政治家 
 私が今思うのは、少しばかり近くで見てきた2人の政治家である。橋本竜太郎政権で沖縄問題に心血を注いだ梶山静六元官房長官と中曽根康弘政権で永田町、霞が関ににらみを利かせた後藤田正晴官房長官(いずれも故人)だ。
 梶山氏は未発表の論文「日米安保と沖縄」の中で「特定の地域、特定の県民だけが国益のために負担を過度に負うことは、民主主義の原理に違背し、やがてはその根本をも覆すことになりかねない」と書き、「沖縄県民の理解と協力を欠いた県民不在の日米安保体制はあり得ない」と指摘している。
 後藤田氏は著書「情と理――後藤田正晴回想録」で自らを「自民党の中でも中道左派」と言い、官の論理と政の論理に飲み込まれず、常識と情を持って政治を批判的に見ている。「カミソリ」と恐れられた政治家らしからぬ人物だった。
 奥の深い2人は生きていたら、今の政治をどう見るであろうか。時代も社会状況も違うと言われれば、そうかもしれない。だが、戦争の惨禍はもとより、敗戦後の混乱も知らない世代の政治家がほとんどの今の国会に欠けるのは、歴史の重み、教訓である。
 (つづく)

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「民意の尊重はどこへ」 ~ 強硬一点張りでは何も解決しない (上)の②

民意の変化
 根っからの保守の翁長知事を誕生させたのは、圧倒的に強力な国に対して「自己決定権」の大切さを確信した県民意識の変化である。
 人権問題に目をつぶり経済振興というカネ目の話で問題を乗り越えてきた国の考えが通用しなくなっている。沖縄の「多数意見」が全国の「多数」に抑え込まれる沖縄米軍の抑止力論は、言い訳の利かない差別と県民の目に映る。沖縄のアイデンティティーが、抑えきれないまでに高まっている現実を国は直視しているのだろうか。
 翁長知事の年末以来の身の置き所のない上京を、県民がどう感じたかは多言を要しない。安倍政権が辺野古移設反対に対して持つ危機感とは全く違う、国に対する不信、違和感を一段と膨らませたことは間違いない。生活のリズム一つとっても本土とは違う文化を持つ県民に、性急に「方向付け」を強いることは、事態をさらに悪化させるだけで得るものは少ない。
 昨年9月の内閣改造で菅官房長官は沖縄米軍基地の「負担軽減担当」になり、辺野古移設の指揮棒を振るった。外務、防衛両省に任せていてはらちが明かないと政権が判断、政治主導に切り替えたのである。
 菅氏は移設反対の声が高まっても「過去の問題」として取り合わず、「粛々と(移設計画を)進める」と言い続けてきた。知事選、衆院選を終えた今でも「他の事業と同じように進めるのが基本」と移設方針に変わりがないと強調している。新年度予算案では、振興予算に大ナタを振るう一方で、辺野古移設費を1735億円に倍増し、後には引かない覚悟を見せた。
 一方、翁長知事は前知事の埋め立て許可の過程に問題がなかったかどうか調べる準備を進めている。仮に手続きに「違法性」があった場合、認可を取り消す可能性にも言及している。政権が既定方針どおり埋め立て準備作業を進めるようだと、県側との間で抜き差しならぬ事態も予想される。当然、日米同盟関係に響くことも避けられない。

「民意の尊重はどこへ」 ~ 強硬一点張りでは何も解決しない (上)の①

本稿(上、下)は1月19~20日に琉球新報・文化面に掲載されたものの転載です。普天間飛行場の辺野古移設を巡って沖縄県の翁長雄志知事が再三上京しましたが、安倍首相も菅官房長官も面会を拒んでいます。昨年暮れから新年にかけての状況をまとめました。沖縄知事の政権首脳との会談はいまだに実現していません。その見通しもついていませんので、古い記事になりますが再録しました。

1月19日(月) 
 
 2015(平成27)年度政府予算案が決まった。総額96兆3420億円で、これに先立って閣議決定した補正予算案(3・1兆円)を加えると、第2次安倍政権の発足以降、3年連続の100兆円規模である。
 昨年暮れの衆院選〝大勝〟を受けて経済再生と財政再建を同時に進めようという、いかにも安倍晋三政権らしい攻めの予算編成なのだが、下旬に召集される通常国会は自民党の谷垣禎一幹事長の言葉を借りれば「安保国会」となる。つまり、集団的自衛権行使を含む安全保障問題で激しい攻防が展開されることになりそうなのだ。そして、昨年暮れにまとめる予定だったが、先送りになった日米防衛協力の新ガイドラインも控えている。

面会拒否
 日米同盟強化、積極的平和主義を唱える安倍政権にとって安保国会で避けて通れないのが沖縄・普天間問題なのだが、このところ、国と沖縄県の関係がまともでない。対話もままならない〝危機的状況〟と言うことができるかもしれない。昨年11月の知事選で、普天間飛行場の辺野古移設に反対する翁長雄志氏が圧勝したことが尾を引いているのは確かで、12月と新年、翁長知事は就任あいさつや予算陳情、全国知事会議出席で上京したが首相官邸の門をくぐることもできず帰任した。懲罰的な意味で沖縄振興予算の大幅減額がまことしやかに流されるなど、上京した知事は身の置き所にも悩んだのではないか。15年度予算案の閣議決定にあわせた3度目の上京も、知事に対応したのは官邸の官房副長官と内閣府の政務官どまりだった。
沖縄振興予算の仕上がりはうわさ程ではなかったが、概算要求から約450億円も減らされて約3340億円。前年度より減らされたのは5年ぶりだ。厳しい財源の中でも概算要求を上回る振興予算をまとめてきた、これまでのような国の温かみは全く感じられない。県の振興予算の未執行が多いための減額だとされ、菅義偉官房長官も普天間移設問題と沖縄振興予算減額の関連性を否定したが、知事との面会拒否、予算減額に表れたのは、政権の沖縄を見る目が変わったということだ。 (つづく)

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Author:gatayann
尾形宣夫。
ジャーナリスト。世の中の様々な出来事を簡潔な言葉でまとめた日記です。タイトルは肩ひじ張らずに「ありのまま記」としました。

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☆「運命の島 オキナワ」=副題「幸せは珊瑚礁の彼方に」(文芸社)
http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%BE%E5%BD%A2-%E5%AE%A3%E5%A4%AB/e/B009PAT28C

1942年宮城県生まれ。
1967年中央大学法学部卒業。
共同通信編集委員室編集長・論説委員、編集委員室次長・論説委員を経て2002年11月定年退社。元共同通信社客員論説委員。
日本自治学会理事。政策情報誌元編集長。分権型政策制度研究センター(RCD)委員。
分権ジャーナリスト会(東京)。神奈川県鎌倉市在住。





(2011年8月10日~)


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