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後味悪かった首相会見―③

7月5日(土)

 唖然としたのは、残り1人フジテレビの質問だ。質問は2番目だったが、趣旨が違うので最後に紹介した。
 フジテレビ記者の質問は、同時刻、北京で行われている「拉致問題」に関する日朝協議についてだ。この「場違い」な質問に会見場はもとより、テレビを見ていた多くの視聴者も驚いたのではないか。私などは、わが耳を疑いメモを取る手を止めたほどだ。
 わが国の外交・安保政策を激変させる決定をした首相会見で、記者クラブの幹事社(7月の内閣記者会の幹事社は北海道新聞社とフジテレビの2社)のフジテレビの記者が「日朝協議」を持ち出す意味はどこにあるのか、さっぱりわからない。この記者は首相に北朝鮮が約束した調査の実効性や日朝協議が日米韓の協調に及ぼす影響を問うたつもりだろうが、この時間、北京で日朝協議の真っ最中だし、肝心の外務省局長からの報告は帰国してからの話だ。
 北朝鮮による日本人拉致問題が大きな節目にきていることは分かる。局長級協議は、今後の北朝鮮の出方をうかがう意味はあっても、今緊急にハイレベルの政治判断が迫っているわけではない。首相の反応を探る意味はあっても、30分足らずしかない会見で問う問題ではない。まさか、自衛権行使問題を逸らす意図的な質問などとは考えたくもないが。
 集団的自衛権行使という日本外交の岐路を首相に直接問いただす会見なのだから、各社は生煮えで「未消化」の疑問を問うまたとない場だったはずだ。だから、場違いな質問と言ったのだ。
 通常、首相会見は記者クラブの幹事社が各社と調整、最大公約数的な質問を幹事社が切り出し、その後、各社が時間内に自由に質問する形式をとる。もし「日朝協議」を各社が幹事社に求めたというのであれば、内閣記者会の問題意識のなさと言わざるをえない。
 案の定、首相は外務省局長が帰国してから報告をよく聞いた後見極める。いま答えることは適当でない、とかわした。
 首相会見を伝える新聞各社の2日朝刊の見出しは最近にないほどの大見出しで1面を飾り、総合、政治、社会各面でも、様々な視点から各社各様の分析、評論を詰め込んだ。もちろん、フジテレビ記者が質問した日朝協議など取り上げるメディアはゼロだ。
 私は本稿の冒頭で「無意な首相会見」と書いた。記者会見のインパクトのなさと、フジテレビ記者の場違いな、ニュースの何たるかをわきまえない質問に表れた、政治の独りよがりと一部記者の不勉強ぶりがマスコミ界に広がっていると、記者出身の私としては思いたくもない。記者は自分たちの立ち位置を、自らに謙虚に問うべきではないか。 (おわり)

後味悪かった首相会見-②

7月5日(土)

 会見で質問したのは5人。質問を要約すると①閣議決定した「武力行使の3要件」のあいまいさや、自衛隊員が戦闘に巻き込まれ血を流す可能性がある(北海道新聞記者=幹事社)②国防政策は転換するが、今後のビジョンを聞きたい(AP通信)③(自衛権行使のための)法改正のスケジュールはどうなる(毎日新聞)④集団的自衛権に取り組もうとしたきっかけは何か(日本テレビ)――などである。
(もう1人は幹事社のフジテレビ記者だが、質問は同日北京で行われた日朝協議関連だったので、会見の最後に付け加える)
 首相の答えは①について「血を流す可能性」には触れず、閣議決定の目的を改めて語り、冒頭発言の「武力行使は必要最小限」「憲法解釈の基本的考えは変わらない」を繰り返し、法整備によって「あらゆる事態に対する隙間のない対応」が可能となり、抑止力が強化されるとかわした。
 ②について首相は我が国を取り巻く国際環境が厳しくなっている現状に対応する「新たな安全保障法制の整備」で抑止力の向上と地域、国際社会の平和の安定の積極的に貢献する▽憲法が掲げる平和主義を守り抜く――と語った上で「危険な任務に就いている自衛隊に感謝し、今後とも彼らは日本国民を守るために活動すると確信する」とした。
 ③については「法整備は既にスタートしているが、与党と緊密な連携をするが、今の段階で『いつまで』と言う状況ではない」と述べるにとどまった。
 ④の「きっかけ」について首相は小泉政権の官房副長官として有事法制や国民保護法の制定に当たった経験を踏まえ、「戦後60年たつ中で、日本の独立、国民の命を守る法制に不備があるという現実に向き合った」として、一緒に活動する他国の部隊が危機に見舞われた時に手助けできない現行のPKO活動の限界や非政府組織(NGO)が同じような状況に遭った中で自衛隊が彼らを守ることができなくていいのか、と改めて問題提起した。
 結局首相の答えからは、武力行使の条件となる「新3要件」の中で「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」の「明白な危険」は具体的に語られることはなかった。
 見てのとおり、4人の記者の質問と首相の答えがかみ合わないことがはっきりしている。首相は持論を滑らかに語ったが、質問の機微に触れることには側近が用意したペーパーを読み上げただけで、具体的に答えることはなかった。前述したように、5月15日の会見同様、有事において国が国民を守る義務を強調して心情に訴える「感情移入」で、想定した事例も防衛専門家が指摘するように官僚が練り上げた机上の〝有事〟なのだ。 (つづく)

後味悪かった首相会見

7月5日(土)

 今月1日の臨時閣議後の安倍首相が「集団的自衛権の行使」を認め「解釈改憲」に踏み切ったあの記者会見の記憶はまだ生々しいが、少し時間が経った今、改めて「あの会見」を振り返ってみましょう。
 最初に私見を言いますが、あんなに「無意」な首相会見を見たのは初めてだし、私の長い記者生活で聞いたこともない。首相は冒頭で集団的自衛権行使がいかに重要であるかを身振り、手振りを交えて数分にわたって持論を披瀝した。この後で記者との質疑に移ったのだが、どう見ても質問と首相の答えがかみ合わない。質問したのはわずか5人、会見は25分足らず、このうち首相の冒頭発言は10分も使った。
 私が「無意」と言ったのは、記者会見に集団的自衛権の本質を説き、究明しようとする気配をほとんど感じられず、首相の「独演会」に過ぎなかったと感じたからだ。
 無意とは広辞苑を開けば分かるが、「意志を持たないこと」という意味がある。発音だけだと「無為」と聞き違えそうですが、「無為」は古代中国の哲学者、老子がよく使った意味の深い言葉だから、誤解されないようにしていただきたい。

 敗戦を教訓に歴代政権は憲法9条の解釈で集団的自衛権を使うことを禁止してきた。1日の閣議決定はこの憲法解釈を変えて、海外での武力行使を可能にするというのだから、日本の外交・安全保障政策は根底から覆ることになる。新聞各紙の大見出し、テレビ各局のタイトルを引用するまでもなく、日本の針路を180度変える、とてつもない閣議決定だ。その会見にしては、あまりにも中身の乏しい、むなしい会見だった。
 国民の大多数は首相の考えがよく分からないから反対、不安視しているのに…。国民は分かろうとしているのに、会見はそれに応えてくれなかった。その意味で私は「無意」という言葉を使った。
 一般報道の一部繰り返しとなるが、少しばかり切り口を変えて振り返って見るので、ご容赦願いたい。
      ☆
 首相はまずこう切り出した。
 「いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜いていくとの覚悟の下で今日閣議決定した」
 いつもどおり「政治の最高責任者」としての自負があふれる語り口である。首相はこう言いながら、集団的自衛権の分かりやすい例としてまた、海外の紛争地からの避難や日本近海で予想される事態などで救助輸送してくれる同盟国の米国が攻撃を受けるかもしれない状況や世界的評価の高い国連平和維持活動(PKO)を紹介した。そして緊急時の邦人避難、救助に当たっては「その時に日本は何もできなくていいのか」と問い、米国を守ることができるようにするのが閣議決定だと強調した。
 首相は同じ説明を5月15日にもしている。あの時は首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)から集団的自衛権行使容認の報告書の提出を受けた後の記者会見だった。
 首相の演出は手が込んでいた。自ら指示して紛争地から避難する母子の不安げな姿を描いたパネルを用意させるなどして、国民の心情に訴える芸の細やかさだった。今回の会見でも「不安な母子」のパネルがまた登場した。理屈よりも視覚、心に訴える「感情移入」作戦である。
 続けて首相はこうも言っている。
 「ただし、そうした行動を取る場合であっても(自衛権は)必要最小限度で、現行憲法解釈の基本的考えは変わらない」「海外派兵ができない原則も変わらない。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加することは、これからも決してない」と。
 そして首相は、外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるのではないかという批判は「誤解だ」とかわし、憲法が許すのは「我が国の存立を全うし国民を守るための自衛の措置だけだ。外国の防衛を目的とする武力行使は今後とも行わない」と断言した。
 立て板に水のように能弁な首相の話を聞いていた多くの人たちは多分、頭が混乱したのではないか。
 「憲法解釈の基本は変わらない」「海外派兵はしない」「武力行使もしない」――。
 集団的自衛権とは通常、自国が攻撃されていなくても他国への攻撃に武力で反撃すること。首相が言うように「あれもできない」「これもしない」ようでは、集団的自衛権とは言えないのではないか。いったい、何を言いたいのか分からない。憲法で認められている個別的自衛権とどこが違うのか――と疑問がわいたはずだ。
 様々な「適用除外」項目を付けてしまっては、本来の集団的自衛権行使はできないのでは、という疑問が当然出てくる。
首相は、武力行使はしないが「万全の備え」をすることが、日本に戦争を仕掛けようとするたくらみをくじく「抑止力」となり、「戦争に巻き込まれる恐れが一層なくなっていく」と強調した。つまり、「万が一」に備えることが抑止力を強め、戦争を回避する最善の策だというわけだ。
 首相の冒頭発言のポイントは以上のようだが、問題は会見での記者とのやり取りだ。 (つづく)

公明党は寝てしまった  集団的自衛権の自公協議

6月13日(金)

自民党の集団的自衛権行使の「条件」が次々と出てくる。

http://www.47news.jp/CN/201406/CN2014061301001363.html

自民党の高村副総裁が今日の自公協議で示した3要件のたたき台は、

「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される恐れがある」場合に限定的な行使を認めるというものだ。

「根底から覆れる恐れ」とは何だろう。

その時の状況を当事者がいくらでも言えることだ。

そんな状況なら個別的自衛権の運用で対応できるし、不備があるなら早急に対処すればいい。

大体、個別的自衛権さえ満足に使えるような体制になっていないのに、

一足飛びで集団的自衛権でなければ「国民の生命、財産、安寧を守れない」などと言うのは、

足もとの不十分さを覆い隠し、何が何でも「集団的自衛権」に結びつける、無定見な論法だ。

自公協議では先に「4条件」を提示してすぐ引っ込め、次いで「3条件」を出したばかりではないか。

それでも慎重審議を求める公明党を自民党の土俵に上がらせるため、出したのが今回の「たたき台」である。

自民党のやり方は、自衛権の行使を2重3重にも限定している風を装うが、実体は何ら変わりはない。

要するにさまざまな制約を付けるが、

最後は「国民の生命、財産、安寧を守れない」という理屈で自衛権行使に持ち込む算段だ。

こんなのは、法理論上の問題などという次元の話ではない。

砂川事件の最高裁判決や72年の政府見解の一部をつまみ食いして切り貼りしたもので、論拠など笑止でしかない。

単なる政治的なまやかしに過ぎない。

公明党がそれでも「議論を重ね合意を目指す」と言うのだから、もはや、公明党に何も期待できない。

公明党に言いたいのは、立党の精神はどこへいってしまったのか。

4条件は撤回したが…

6月6日(金)

自民党が集団的自衛権行使で「4条件」を撤回した。

http://www.47news.jp/CN/201406/CN2014060601001946.html

だから言ったじゃないか。

自民党が3日に公明党に提示した4条件はもともと解釈改憲を手にするための陽動作戦だったと。

腰の重い公明を何とか自分の土俵に呼び込んで譲歩を引き出す目くらまし作戦だった。

大体、自民が突然言い出した4条件は、

自衛隊の他国軍への後方支援の範囲をなし崩しにするものだから、公明党は驚いたし怒りもした。

自公協議に出ている自民は副総裁で砂川事件の最高裁判決を曲解して自衛権行使の根拠とした高村本人だし、

もう一人は自他ともに認める防衛オタクの幹事長の石破だ。

公明側がこの2人の腹の内が分からないわけはない。

支持母体の創価学会も明確に解釈改憲に反対している。

自民が強気なのは、公明党が多少ごねても「健全野党」を売り込んでいる弱小野党がいるからだが、

これがまた公明党を刺激する。

もちろん高村も石破も、そんなことは百も承知だ。

分かっていながらわざと高いハードルを出して、その後の譲歩の余地を残したのが4条件だ。

だから4条件を引っ込めたが、憲法違反となる「他国の武力行使との一体化」を避ける「非戦闘地域」での活動に限ってきた考え方は撤廃する方針は堅持したままだ。

つまり、自衛隊の後方支援活動を拡大しようとする方向性は変えていない。

安倍首相も自公協議をしっかりやるように指示しているから、

しばらくは両党の駆け引き、探り合いは一段と激しくなる。

「平和」「福祉」を立党の礎とする公明党がどこまで頑張れるのか、目を離せない。
プロフィール

gatayann

Author:gatayann
尾形宣夫。
ジャーナリスト。世の中の様々な出来事を簡潔な言葉でまとめた日記です。タイトルは肩ひじ張らずに「ありのまま記」としました。

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本Webは私の2本のブログに続くものです。HPはhttp://bit.ly/hxZoUw、オフィシャルサイトはhttp://futenma.dtiblog.comです。あわせてお目通しをお願いします。

☆「運命の島 オキナワ」=副題「幸せは珊瑚礁の彼方に」(文芸社)
http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%BE%E5%BD%A2-%E5%AE%A3%E5%A4%AB/e/B009PAT28C

1942年宮城県生まれ。
1967年中央大学法学部卒業。
共同通信編集委員室編集長・論説委員、編集委員室次長・論説委員を経て2002年11月定年退社。元共同通信社客員論説委員。
日本自治学会理事。政策情報誌元編集長。分権型政策制度研究センター(RCD)委員。
分権ジャーナリスト会(東京)。神奈川県鎌倉市在住。





(2011年8月10日~)


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