FC2ブログ

ケネディ大使は何を見たか

2月14日(金)

 ケネディ駐日米大使の足早の沖縄訪問が終わった。

 11日夜那覇に着いた大使は、翌日に沖縄戦の最後の激戦地となった本島南部糸満市の平和の礎を訪れて献花、慰霊した。

 仲井真知事との会談では型通り「過重な基地負担の軽減」を求められた。

 また、自ら望んだ名護市の稲嶺市長との会談では市長から普天間飛行場の辺野古移設計画に市民の強い反対を聞かされ、これをオバマ大統領に伝えるよう求められた。

 大使は基地も視察した。普天間飛行場は宜野湾市内の公邸から、キャンプ・シュワブには車で乗り付け基地司令官らから説明を聞いた。

 歴代の駐日米大使は有力政治家と相場は決まっていたが、ケネディ大使の就任は異例だった。

  政治、外交とはおよそ無縁だし、率直に言ってダラスで凶弾に倒れた故ケネディ大統領の愛娘と言うだけで、懸案が山積する日米関係や流動化する東アジア情勢に「ふさわしい」人選とは言い難い人物だ。

 だが逆の見方をすれば、「やり手の政治家・外交官」でないことが膠着状態の普天間問題の前進に何がしか役立つのではないかと地元は期待した。

 政治家や既成観念の強い外交専門家とは、一味違った「妙案」が期待できるのではないかという思いからだ。

 普天間問題は日米両政府の最初の合意から足掛け18年も経つ。政治状況に変化があったとはいえ、問題は少しも前進しない。進まないどころか、普天間の辺野古移設は大きな壁の前で立ち往生の感が強い。

 日米両政府は「辺野古移設」を推進すると再三強調するが、時間が経つごとにその実現性を懸念、別の解決策を追求すべきだとの見方が双方に表れている事実は明白だ。今では「日米合意」は、単なる経文に過ぎないと言っても過言ではない。

 ケネディ大使は沖縄訪問を「良き経験」とし、再訪の気持ちを口にした。

 普天間問題は大胆な政治決断を迫っている。

 辺野古移設に名護市民は市長選で「ノー」を突きつけた。だが安倍政権は日米合意を盾に移設計画の推進を明言した。

 東アジア情勢の緊迫化を理由とした沖縄米海兵隊の「抑止力」が理由だ。尖閣問題でデッドロックに乗り上げた日中関係は袋小路に入ったままで、現状では状況の好転はほとんど期待できない。

 安倍首相は「交渉のドアは常に開かれている」と言いながら、強気の外交姿勢を貫く考えに変わりはない。

 沖縄県民の想いとは別にな政治がの大きな力が普天間問題を引きずろうとしている。

 沖縄の地元紙の琉球新報と沖縄タイムスはケネディ大使の訪問に連日大きく紙面を割いた。普天間飛行場の辺野古移設が、いかに「不条理」なものなのかを、歴史をたどりながら記した。大使到着の当日には2紙とも英文の社説えお掲載して辺野古移設に対する沖縄県民の苦衷を訴えた。

 大使は環境問題にとりわけ関心が深い。辺野古移設計画で埋め立てが予定される海域はジュゴンの生息地だ。当初の予定では上空からの視察も予定されたが、気象条件を理由に地上からの視察で終わった。

 残念なことに本土の大手紙はケネディ訪問は小さな扱いでしかなかった。異色の大使の訪問なのだから、もっと注視すべきではなかったか。そして大部数を誇る中央大手紙はそれを報ずる責任があったはずだ。
 
プロフィール

gatayann

Author:gatayann
尾形宣夫。
ジャーナリスト。世の中の様々な出来事を簡潔な言葉でまとめた日記です。タイトルは肩ひじ張らずに「ありのまま記」としました。

訪問者、大歓迎です→
社会・経済ランキング

本Webは私の2本のブログに続くものです。HPはhttp://bit.ly/hxZoUw、オフィシャルサイトはhttp://futenma.dtiblog.comです。あわせてお目通しをお願いします。

☆「運命の島 オキナワ」=副題「幸せは珊瑚礁の彼方に」(文芸社)
http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%BE%E5%BD%A2-%E5%AE%A3%E5%A4%AB/e/B009PAT28C

1942年宮城県生まれ。
1967年中央大学法学部卒業。
共同通信編集委員室編集長・論説委員、編集委員室次長・論説委員を経て2002年11月定年退社。元共同通信社客員論説委員。
日本自治学会理事。政策情報誌元編集長。分権型政策制度研究センター(RCD)委員。
分権ジャーナリスト会(東京)。神奈川県鎌倉市在住。





(2011年8月10日~)


最新記事
リンク
カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
普天間飛行場の辺野古移設
最新記事
最新コメント
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
検索